ほぼ2週間ぶりに退院後初めての通院。
家内の運転に次女が付いてきてくれた。
たまプラーザまで行って、お昼をとんかつ。そういえば初めてのとんかつ。味噌汁は口をつけただけで具だけ食べて汁は残しておいた。久しぶりのとんかつはさすがにおいしい。
初めての通院は、検査もなく、退院後の生活を確認する程度。診察と言っても主治医の先生と話をしただけで終わった。薬は、今までどおりだが、2つの薬を一つにパッケージした新しい薬が出ているそうで、どうせ、ふたつを一緒に飲むのだからということで、合剤にしてもらったくらい。
食事の指導は塩分制限を含めていろいろと細かな注意をされた。
話のつじつまがいまいちあっていないので、適当に聞いておいた。
気のせいかもしれないが、ジェネリック品と元の医薬品とで効きが違う気がする。特に、今回処方してもらった痛み止めで効果が違う気がする。
元の薬はロキソニン。貫地谷しほりがコマーシャルしているのを何度か見たことがある。有効成分が同じかどうかはわからないが、同じ系統の薬でしょう。ロキソニンが商品名で、薬の名前としては、ロキソプロフェンというらしい。第一三共がオリジナルの製薬会社。同じ処方の薬が各社からジェネリック医薬品として発売されている。ケンタンというのもその一つ。薬局でジェネリックOKと書いて出すとこのケンタンを処方してもらった。
ところがどうも、このケンタンが、効きが違う気がする。きき方が遅い。飲んでもすぐに効かない。いつまでたっても痛みが消えない。あくまで気のせいかもしれないけど、次に行くときには、ケンタンだけはもとのロキソニンに戻してもらおうかと思う。
2011年12月28日水曜日
2011年12月24日土曜日
九死に一生
退院して改めて振り返ると、今回の大動脈解離については、幸運が重なったと思う。
大動脈解離は、3層構造を作っている大動脈の真ん中の層の膜(中膜)に、なんらかのきっかけによって血流が入り込んでしまい、層構造が別々に剥がれていく疾患。生還率3%という話もある。(ウィキペディアより)
まず、一つ目は、東京都に引っ越していたこと。神奈川に住んでいて、救急車を呼んだら別の病院に搬送されていたに違いない。榊原記念病院は、心臓外科としては日本有数の権威ある病院であるといろんな人から聞いた。結果としてこの病院で手術を受けられたことが、現在、後遺症もなく回復に向かっていることの大きな要因であったと思う。本当に場所の運がよかった。
二つ目として、発病が朝起きてすぐの時間帯で、家族がいる中で救急車を呼べたこと。違う時間帯であったり、外出先や、それこそ駅のホームなどで発作が起きていたらどうしようもなかった気がする。
三つ目は、多摩南部地区病院の先生たちの用心深さによる。最初は、ステントを挿入する手術が必要と判断して実際に手術の準備にもかかり、家内は、誓約書にサインまでしている。それでも、万が一のことを考えて、CT検査を実行してもらって初めて大動脈解離と診断された。手術の方針がまるで変わったことになる。
四つ目は、多摩南部地域病院から、榊原記念病院への連絡と榊原の受け入れの早かったこと。
五つ目は、榊原記念病院での手際のよい手術と、左手の異常に気がついたあとの再度のバイパス手術の実施。これによって、左手に後遺症が残ることから救われた。
細かな幸運は、この周りにいっぱいあると思う。
全体を通して、これしかないような細い道をつなげて、無事に生還できたのだと思う。何よりの幸運に感謝。
大動脈解離は、3層構造を作っている大動脈の真ん中の層の膜(中膜)に、なんらかのきっかけによって血流が入り込んでしまい、層構造が別々に剥がれていく疾患。生還率3%という話もある。(ウィキペディアより)
まず、一つ目は、東京都に引っ越していたこと。神奈川に住んでいて、救急車を呼んだら別の病院に搬送されていたに違いない。榊原記念病院は、心臓外科としては日本有数の権威ある病院であるといろんな人から聞いた。結果としてこの病院で手術を受けられたことが、現在、後遺症もなく回復に向かっていることの大きな要因であったと思う。本当に場所の運がよかった。
二つ目として、発病が朝起きてすぐの時間帯で、家族がいる中で救急車を呼べたこと。違う時間帯であったり、外出先や、それこそ駅のホームなどで発作が起きていたらどうしようもなかった気がする。
三つ目は、多摩南部地区病院の先生たちの用心深さによる。最初は、ステントを挿入する手術が必要と判断して実際に手術の準備にもかかり、家内は、誓約書にサインまでしている。それでも、万が一のことを考えて、CT検査を実行してもらって初めて大動脈解離と診断された。手術の方針がまるで変わったことになる。
四つ目は、多摩南部地域病院から、榊原記念病院への連絡と榊原の受け入れの早かったこと。
五つ目は、榊原記念病院での手際のよい手術と、左手の異常に気がついたあとの再度のバイパス手術の実施。これによって、左手に後遺症が残ることから救われた。
細かな幸運は、この周りにいっぱいあると思う。
全体を通して、これしかないような細い道をつなげて、無事に生還できたのだと思う。何よりの幸運に感謝。
2011年12月13日火曜日
退院
12月13日
待ちに待った退院日。
朝の9時前には、家内と次女が来てくれた。
ナースステーションにお菓子を持っていく。予想通り、拒否されるが、無理に置いておけば、引き取ってもらえた。
帰りに早速、リンガーハットでちゃんぽんを食べて帰った。久しぶりの一般食。
思ったほどは食べられないのが癪だが、やはりおいしい。
長崎ちゃんぽんをこれほどおいしいと思って食べたのは久しぶり。
塩分制限はあるけれど、カロリー制限とタンパク質制限、糖分制限などがないのがうれしい。考えようによっては、量を少なくすれば何でも食べられるということ。
ついでに餃子も食べました。
その代りに夜は質素に済ませました。
待ちに待った退院日。
朝の9時前には、家内と次女が来てくれた。
ナースステーションにお菓子を持っていく。予想通り、拒否されるが、無理に置いておけば、引き取ってもらえた。
帰りに早速、リンガーハットでちゃんぽんを食べて帰った。久しぶりの一般食。
思ったほどは食べられないのが癪だが、やはりおいしい。
長崎ちゃんぽんをこれほどおいしいと思って食べたのは久しぶり。
塩分制限はあるけれど、カロリー制限とタンパク質制限、糖分制限などがないのがうれしい。考えようによっては、量を少なくすれば何でも食べられるということ。
ついでに餃子も食べました。
その代りに夜は質素に済ませました。
2011年12月12日月曜日
血液検査
退院間近なので、血液検査を実施しました。
栄養状態を見ているようで、手術後は一度貧血状態だったのが、今回の血液検査では、ほぼ正常値に戻っているらしい。
食事が塩分制限でなかなか食欲を刺激しない割には、よく回復している方だと思う。
CT検査と違って血液検査は、病室のベッドで、一瞬で終わる。明日が退院だというのに、相変わらずすることがなくて退屈。とはいっても、あと一日と思うと自然と体の底から活力が出てくる感じ。
動くと痛みは相変わらずなのだけれど、病院生活というのは退屈なので、退院してからのことをあれこれと考えると自然と時間が過ぎていく。
何はさておき、何を食べようか、というのが一番かも知れない。
塩分制限があり、食事は厳しく制限されているけれど、要するに量を減らしさえすればよさそう。病院食も、味噌汁の味は変えないで、量を半分以下に抑えて出している。
それならラーメンだって食べれるはず。スープを飲まないで、麺を制限すれば塩分量はかなり制限される。一日の塩分量が6gというのはかなりきついけれど、ラーメン一杯の中でスープを飲まなければ、麺に含まれる塩分は1g以下らしい。ということはスープが少しは体内に入ってくるにしても、1食当たりで1g程度なら、残りの2食で塩分を徹底的に制限すれば、ラーメンだって食べれる計算になる。
さあ、何を食べようか?
栄養状態を見ているようで、手術後は一度貧血状態だったのが、今回の血液検査では、ほぼ正常値に戻っているらしい。
食事が塩分制限でなかなか食欲を刺激しない割には、よく回復している方だと思う。
CT検査と違って血液検査は、病室のベッドで、一瞬で終わる。明日が退院だというのに、相変わらずすることがなくて退屈。とはいっても、あと一日と思うと自然と体の底から活力が出てくる感じ。
動くと痛みは相変わらずなのだけれど、病院生活というのは退屈なので、退院してからのことをあれこれと考えると自然と時間が過ぎていく。
何はさておき、何を食べようか、というのが一番かも知れない。
塩分制限があり、食事は厳しく制限されているけれど、要するに量を減らしさえすればよさそう。病院食も、味噌汁の味は変えないで、量を半分以下に抑えて出している。
それならラーメンだって食べれるはず。スープを飲まないで、麺を制限すれば塩分量はかなり制限される。一日の塩分量が6gというのはかなりきついけれど、ラーメン一杯の中でスープを飲まなければ、麺に含まれる塩分は1g以下らしい。ということはスープが少しは体内に入ってくるにしても、1食当たりで1g程度なら、残りの2食で塩分を徹底的に制限すれば、ラーメンだって食べれる計算になる。
さあ、何を食べようか?
2011年12月9日金曜日
リハビリで怒られる
このころはリハビリの毎日。
特筆すべき変化はなく、診察を受けて、あとはリハビリ。
リハビリで指導してもらった首と肩のストレッチが日課。
体の状態は、傷の痛みがひどくて、痛み止めが効かなくなると、じっとしていてもつらい状態。
痛みがひどいので、ストレッチもさぼっていると、いつまでも動かさないと余計にひどくなりますとリハビリの理学療法士の先生に叱られた。
いきなりそんなにきつく言わなくてもと思うが、確かにそのとおり。
痛みと、少しの動作でも、息が切れるのが困りもの。
もうすぐ退院だけれど、息が切れるのをなんとかしないと、職場への復帰は厳しい。
特筆すべき変化はなく、診察を受けて、あとはリハビリ。
リハビリで指導してもらった首と肩のストレッチが日課。
体の状態は、傷の痛みがひどくて、痛み止めが効かなくなると、じっとしていてもつらい状態。
痛みがひどいので、ストレッチもさぼっていると、いつまでも動かさないと余計にひどくなりますとリハビリの理学療法士の先生に叱られた。
いきなりそんなにきつく言わなくてもと思うが、確かにそのとおり。
痛みと、少しの動作でも、息が切れるのが困りもの。
もうすぐ退院だけれど、息が切れるのをなんとかしないと、職場への復帰は厳しい。
退院予定
CT検査も終わって、術後の経過も順調ということで、主治医の先生に退院予定を12月13日に設定していただいた。
月曜日にもう一度、X線と、血液検査をして、判断しましょうということになった。
すでに相当退屈していたので、退院のめどがついて日程的な目標が決まるのはありがたい。
傷の痛みは相変わらずあるが、薬で抑えてしまえば、あとはただ時間が過ぎるのを待つだけになる。
テレビもすぐに飽きてしまうし、塩分を制限されていて、たべものもおやつを自由に食べれる環境ではない。
家族の見舞いが待ち遠しい。
月曜日にもう一度、X線と、血液検査をして、判断しましょうということになった。
すでに相当退屈していたので、退院のめどがついて日程的な目標が決まるのはありがたい。
傷の痛みは相変わらずあるが、薬で抑えてしまえば、あとはただ時間が過ぎるのを待つだけになる。
テレビもすぐに飽きてしまうし、塩分を制限されていて、たべものもおやつを自由に食べれる環境ではない。
家族の見舞いが待ち遠しい。
2011年12月8日木曜日
CT検査
転院して翌週にCT検査を実施した。
喘息の持病があるということで、(実は、喘息ではなく、ハムスターアレルギーであることは伝えたが)、榊原記念病院では、CT検査は、医師の同席が必要という判断で、西本先生に付き添って検査をおこなったが、こちらでは特に何も言われなかった。
自分で勝手に検査室に行って検査を済ませて病室に帰っただけ。
造影剤を入れてX線で撮影するが、特に気持が悪くなるということもない。造影剤を入れた直後は腕が暖かい。
CT検査の結果は順調という診断だった。
偽腔も特に悪くはなっていない状態らしい。
大動脈解離の検査には、CT検査、MRI、心エコーなどがあるらしい。このうちCT検査は、静脈内に造影剤(ヨウ素系)を注入して造影する。発症時から数えて3回目になる。福島の人よりも放射線を浴びていることになるが、こちらは検査に必要な放射線なので仕方がない。
喘息の持病があるということで、(実は、喘息ではなく、ハムスターアレルギーであることは伝えたが)、榊原記念病院では、CT検査は、医師の同席が必要という判断で、西本先生に付き添って検査をおこなったが、こちらでは特に何も言われなかった。
自分で勝手に検査室に行って検査を済ませて病室に帰っただけ。
造影剤を入れてX線で撮影するが、特に気持が悪くなるということもない。造影剤を入れた直後は腕が暖かい。
CT検査の結果は順調という診断だった。
偽腔も特に悪くはなっていない状態らしい。
大動脈解離の検査には、CT検査、MRI、心エコーなどがあるらしい。このうちCT検査は、静脈内に造影剤(ヨウ素系)を注入して造影する。発症時から数えて3回目になる。福島の人よりも放射線を浴びていることになるが、こちらは検査に必要な放射線なので仕方がない。
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